大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)718号 判決 1967年12月26日
控訴人・原告(反訴被告) 株式会社岡田羅紗店
訴訟代理人 浜野徹太郎 外三名
被控訴人・被告(反訴原告) 奥西豊
訴訟代理人 高坂安太郎
主文
原判決を左の通り変更する。
被控訴人は控訴人に対して別紙第二目録記載の土地について神戸地方法務局昭和三五年七月八日受付第一二、九四八号所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記手続をせよ。
控訴人の被控訴人に対するその余の本訴請求を棄却する。
被控訴人の控訴人に対する反訴請求を棄却する。
訴訟費用は本訴及び反訴の分を通じて第一、二審ともこれを四分し、その三を控訴人の負担とし、その一を被控訴人の負担とする。
事実
控訴会社代理人らは、
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は控訴会社に対し別紙第三目録記載の建物を収去して、その敷地である別紙第一目録記載の土地を明け渡せ。
3 被控訴人は控訴会社に対し昭和二四年一二月一日より前項の土地明渡しずみに至るまで一ケ月金三、三〇〇円の割合の金員を支払え。
4 被控訴人は控訴会社に対し別紙第二目録記載の土地について神戸地方法務局昭和三五年七月八日受付第一二、九四八号所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続をせよ。
5 被控訴人の反訴請求を棄却する。
6 訴訟費用は本訴及び反訴を通じ第一、二審とも被控訴人の負担とする。
との判決並びにみぎ第二、三項について仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴会社の負担とする。
との判決を求めた。
控訴会社代理人らは、
本訴の請求原因として、
一、別紙第一目録記載の従前の土地二筆、即ち、神戸市生田区相生町一丁目八番の一宅地三八坪〇合五勺(一二五・七九平方メートル)及び同所九番宅地五一坪〇合二勺(一六八・六六平方メートル)合計八九坪〇合七勺(二九四・四五平方メートル)(以下みぎ二筆の土地をそれぞれ従前の土地八番の一及び同九番と、みぎ両地を併せたものを本件従前の土地二筆と云う)は、いずれも控訴会社の所有に属するところ、神戸市施行の神戸国際港都建設事業生田地区復興土地区画整理事業(以上神戸市区画整理と略称する。)の実施により、昭和二四年一一月三〇日、本件従前の土地二筆の仮換地として、現地で、減歩された別紙第一目録記載の仮換地六四坪四合(二一二・九八平方メートル)の土地の指定を受けた(昭和三〇年三月三一日までは神戸市区画整理は特別都市計画法による事業であつて、土地区画整理法による事業ではないので換地予定地と呼ぶのが正確であるが以下仮換地と略称する。)。その際、みぎ仮換地の具体的な、どの部分が本件従前の土地二筆のうちのどちらの土地に代わる仮換地に該当するかについては別段の指定がなく、ただ従前の土地二筆に代わるものとして一括して前記一区画の仮換地の指定を受けたものである(以下みぎの六四坪四合(二一二・九八平方メートル)の土地を本件仮換地と云う。)。
二、被控訴人は控訴会社所有の従前の土地八番の一の土地について、仮換地の指定のあつた昭和二四年一一月三〇日以前からみぎ土地上に建物を所有してその敷地部分を占有していたものであるが、前記仮換地の指定があつた後もみぎの土地を占有使用する何らの権原がないにもかかわらず、引続いて本件従前の土地二筆の仮換地である本件仮換地のうち別紙図面表示の(イ)及び(ロ)の土地合計二二坪〇合八勺(七二・九四平方メートル)上に別紙第三目録記載の建物(以下本件建物と云う)を所有しみぎ土地を不法に占有している。
三、被控訴人は、控訴会社所有の従前の土地八番の一又はこれから分筆された八番の三(別紙第二目録記載の土地)について所有権又は所有権移転請求権を取得した事実がないにもかかわらず、神戸地方裁判所に対して昭和二六年一月二〇日付の売買契約により被控訴人が控訴会社から同会社所有の従前の土地八番の一宅地三八坪〇合五勺(一二五・七九平方メートル)のうちの特定部分三〇坪四合二勺(一〇〇・五六平方メートル)(右土地の神戸市区画整理による仮換地は本件仮換地のうち別紙図面(イ)及び(ロ)に該当する部分二二坪〇合八勺(七二・九四平方メートル)に当る。)を買い受けその所有権を取得した旨の虚偽の申請理由で仮登記仮処分の申請をして、昭和三五年七月一日同裁判所において債権者を被控訴人、債務者を控訴会社としてみぎの従前の土地三〇坪四合三勺(一〇〇・五六平方メートル)(仮換地二二坪〇合八勺七二・九四平方メートル)の土地について、みぎの売買を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記仮処分の決定を受け、みぎの決定正本に基づいて、債権者代位によつて従前の土地八番の一から別紙第二目録記載の八番の三の土地の分筆登記手続をした上、みぎの分筆した土地について前記の仮登記仮処分決定の内容通り被控訴人を権利者とする所有権移転請求権保全の仮登記を求める不実の申請をして、昭和三五年七月八日神戸地方法務局受付第一二九四八号の所有権移転請求権保全の仮登記を受けた。
四、よつて控訴会社は本件従前の土地二筆の所有権に基づいて被控訴人に対し、本件仮換地の被控訴人占有部分(前記(イ)及び(ロ)に該当する部分)上の被控訴人所有の建物(別紙第三目録記載の建物)の収去及びその敷地である被控訴人占有部分を明け渡すこと、みぎの土地に対する前記不法占拠後の昭和二四年一二月一日以降土地明渡し済みまで一ケ月金三、三〇〇円の割合による地代相当の損害金を支払うこと、並びに、不実の登記である前記所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記手続をすることを求める。
と述べ、
被控訴代理人の本訴について抗弁及び反訴請求原因としての主張に対する答弁として、
一、控訴会社が被控訴人に対して本件仮換地の被控訴人占有部分を売り渡したことは否認する。
(一) 控訴会社は本件従前の土地の一部をその仮換地指定前に被控訴人に貸したことはあるが、みぎは仮換地の指定があるまでの一時的な使用を目的とするものであつたから、本件仮換地の指定により賃貸借期間は満了し、賃貸借関係は終了していた。控訴会社としては被控訴人主張の仮処分異議事件も第一審は勝訴しており、訴外伊藤利勝などの第三者に依頼して不利な示談をすることを必要とするような事情は何もなかつた。また本件係争土地は控訴会社発祥の地であつて、控訴会社は戦災によつて罹災した後は、ひたすら店舗を再建して営業を継続することを熱望していたのであるから、本件土地を手離す筈がない。
(二) 昭和二六年一月二〇日訴外岡田耕平が被控訴人との間に本件仮換地の一部についての売買契約書を作成したことは認めるが、岡田耕平が控訴会社を代理する権限があつたことは否認する。控訴会社はその現在の代表取締役岡田文恵の父訴外亡岡田文太郎が創始した老舗であつて、岡田耕平は文恵の婿養子で終戦以来控訴会社の経営に参与したことはなく、戦前は控訴会社に勤務していた暫くの間を除いて他の会社の会社員として勤務し、戦時中は軍人として応召し、戦後は家族の反対を押し切つて自分だけの事業の経営、証券の取引き等に従事して悉く失敗し、婿養子の立場からやむなく岡田家から家出し、その後は夫婦仲は冷却し、控訴会社の運営はもつぱら文太郎及び文恵によつてなされ、耕平はこれに参与できる立場にはなかつた。その後一、二年たつて耕平は岡田家に帰つたが、これまでの経緯から控訴会社の経営には参画せず、ただ形だけ家にいたにすぎなかつた。このように耕平が恵まれない境遇にあることは被控訴人もよく知つていたので、被控訴人は控訴会社との間の本件仮換地に関する紛争(昭和二五年以来のものである)を有利に解決するために耕平を利用することを考え、前記伊藤利勝などに頼んで、控訴会社を代理する権限などは全く何もない耕平を控訴会社の代理人であるとして控訴会社名義の被控訴人主張の売買契約書を作成させ、みぎ売買の内金に当る金五万円を耕平に交付した。したがつて控訴会社と被控訴人間には、被控訴人主張の売買契約は成立していない。当時、控訴会社事務所は神戸市兵庫区会下山町の控訴会社代表取締役の岡田文恵方にあり本件土地所在地から遠く隔つていたので、右代表取締役は耕平が勝手に前記のような示談契約を結んだことを知らずにいたのである。
(三) 控訴会社は昭和三五年六月二日手付倍戻名義で金一〇万円を被控訴人に送付したが、みぎは控訴会社と被控訴人間に本件土地売買契約があつたことを承認したからではなく、控訴会社が被控訴人から全く突然に昭和三四年九月一七日付の登記及び清算請求の書面を受領し、みぎ文書中には五万円の手附金を控訴会社が受領した旨記載されていたので、被控訴人の生活の窮状を可愛そうにおもつた控訴会社が受領金額の倍額の返還をもつて埋合せをなすべく被控訴人に送付したものにすぎない。
(四) 被控訴人は乙第一号証の岡田文恵との記名の筆跡は岡田耕平の筆跡ではなく、岡田文恵自身の筆跡であると主張するが、証人岡田耕平の証言及び控訴会社代表者としての岡田文恵の供述によれば、それが岡田耕平の筆跡であること明らかである。
二、仮に、昭和二六年一月二〇日の控訴会社と被控訴人間の本件仮換地の一部の売買契約が効力を生じたとしても、みぎの契約における売買目的土地の範囲は前記図面(イ)に該当する一三坪八合五勺(四五・七九平方メートル)のみであつて、同(ロ)に該当する部分はその範囲内に含まれない。けだし、乙第一号証(みぎ売買についての売買契約書)には「一坪の単価八、〇〇〇円とし、神戸寝具との解決後総坪数は決定し、現在は一三坪八五の計算とす。」との記載があり、特約として「間口二間一尺一寸として奥行は神戸寝具会社との解決後総坪数は決定します。」と記載しているところ、被控訴人主張のように売買目的土地の範囲を「奥行は南境界線まで」の地域と解するのであれば、みぎの売買契約書を作成した当時に売買目的土地の総坪数を簡単に確定することができるはずであつて、何も坪数を一三坪八合五勺と表示しその余の部分の坪数の決定を後日に延ばす必要はないからである。したがつて被控訴人のみぎの契約の解釈は正当ではなく、前記売買契約書による契約では、売買目的土地の奥行を未定の状態に置いて後日当事者間で協議して定めることにしているものと解すべきである。即ち、みぎの契約では、(イ)に該当する土地一三坪八合五勺(四五・七九平方メートル)の売買契約と、神戸寝具関係の土地について現在のところ売り渡すべき地積は不明であるが、将来幾らかの地積の土地の売買契約を締結する旨の前交渉的契約との二つの契約が結合されているのである。そして、みぎの契約成立後には控訴会社と控訴人との間に前記神戸寝具関係の土地のうち本件契約の売買の目的物となる土地の範囲についてなんらの協定も成立していないので、本件仮換地の売買契約は(イ)に該当する土地についてのみ成立したのであつて、(ロ)に該当する土地についてはまだ成立するに至つていないと解すべきものである。
なお、現在被控訴人が占有している土地は間口二、二間(二間一尺二寸(四メートル)あり、地積において二二坪〇合八勺(七二・九四平方メートル)あつて、乙第一号証記載の売買目的物件にも符合しない。
三、控訴会社と被控訴人間には、以上述べたように、本件仮換地の被控訴人占有部分の売買契約は成立しなかつたから、控訴人が神戸地方裁判所の仮登記仮処分に基づいて別紙第二目録記載の物件(従前の土地八番の三)についてなした売買を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記は違法なものであつて抹消すべきである。
仮に控訴会社と被控訴人間にみぎの売買契約が成立したとしても、その売買目的物件は従前の土地八番の三には該当しないから、みぎの売買契約によるその目的物件についての所有権移転請求権保全の方法として、従前の土地八番の三について所有権移転請求権保全の仮登記をしたのは違法であつて、みぎの登記は抹消すべきものである。即ち、前述したように、本件仮換地は従前の土地八番の一と同九番の二筆を一括したものの仮換地であるから、本件売買目的物である本件仮換地のうち(イ)及び(ロ)に該当する部分もまた従前の土地八番の一と同九番とを一括したものの仮換地の一部に当るのであつて、従前の土地八番の一又は同九番のいずれか一の仮換地の一部ではない。しかるに、本件分筆登記及び所有権移転請求権保全の仮登記の基本となつた神戸地方裁判所の仮登記仮処分決定(神戸地方裁判所昭和三五年(モ)第七二八号)の別紙目録には、売買目的物件である本件仮換地のうちの前記(イ)及び(ロ)に該当する部分二二坪(七二・七三平方メートル)は従前の土地八番の一宅地三八坪〇合五勺(一二五・七九平方メートル)のうちの三〇坪四合二勺(一〇〇・五六平方メートル)の仮換地に該当する旨誤つた表示がなされていたので、みぎの仮登記仮処分決定に基づいて従前の土地八番の一から同八番の三として三〇坪四合二勺(一〇〇・五六平方メートル)が分筆登記され、みぎの八番の三について所有権移転請求権保全の仮登記がなされたのであつて、みぎの仮登記は真実の権利の帰属関係に一致せず違法なものである。
四、控訴会社と被控訴人との間には被控訴人主張の売買契約は成立していないので、控訴会社に対して別紙第二目録記載の土地についての所有権移転登記手続を求める被控訴人の反訴請求は理由がない。
仮に控訴会社と被控訴人間に被控訴人主張の売買契約が成立したとするも、前述したように別紙第二目録記載の土地はみぎの契約の売買目的物件には該当しないから、みぎ契約の履行として控訴会社に対し売買を原因とする所有権移転登記手続を同目録記載の土地について求める被控訴人の請求は、目的物件を誤つたものであつて、被控訴人の反訴請求は失当である。
と述べ、
本訴についての再抗弁及び反訴についての抗弁として、
仮に控訴人と被控訴人との間に本件仮換地の一部について売買契約が成立したとしても、売買契約書(乙第一号証)の文面によつても明らかなように、被控訴人はみぎの売買契約の手付金として控訴会社に対し金五万円を支払つていたが、控訴会社は昭和三五年六月二日被控訴人に対して額面金一〇万円の銀行保証小切手をそえて手附倍戻しによる売買契約解除の意思表示を記載した書状を郵送し、みぎの売買契約を解除した。なお被控訴人はみぎ小切手の受領を拒絶したので、控訴会社は同月二九日金一〇万円を供託した。
被控訴人がみぎの売買契約解除の通告前に控訴会社に対してみぎの売買契約の残代金一二万六、〇〇〇円を提供した旨の被控訴人の主張は争う。
と述べた。
被控訴代理人は、
本訴の請求原因に対する答弁として、
控訴会社が請求原因として主張する事実のうち、本件従前の土地二筆が別紙第二目録記載の土地も含めて、もと控訴会社の所有であつたこと、神戸市区画整理の実施により控訴会社主張の日にみぎ従前の土地二筆に対し、現地で、控訴会社主張の減歩をした仮換地の指定があつたこと、被控訴人は仮換地指定前には従前の土地八番の一上に家屋を所有して右土地を占有していたが、仮換地指定後には本件仮換地の別紙図面(イ)及び同(ロ)に該当する部分上に本件建物を所有してみぎ仮換地の部分を占有していること、並びに、被控訴人が神戸地方裁判所において控訴会社主張の日にその主張の内容の仮登記仮処分の決定を受け、控訴会社主張の分筆登記及び仮登記の各手続をしたことは認めるがその余の主張事実は争う。
被控訴人は、原審以来、本件仮換地のうち被控訴人占有部分は従前の土地八番の一から分筆された同八番の三の仮換地に当ると主張しているところ、控訴会社は、原審では、本件仮換地の被控訴人占有部分中前記(イ)に該当する部分一三坪八合五勺(四五・七九平方メートル)は従前の土地八番の一の仮換地の一部に該当し、同(ロ)に該当する部分八坪一合五勺(二六・九四平方メートル)は従前の土地九番の仮換地の一部に該当すると主張していたが、当審では、従来の主張を撤回して、新に、前記(イ)及び(ロ)に該当する土地はどちらも本件従前の土地二筆を一括したものの仮換地に該当すると主張している。みぎ控訴会社の原審における主張の撤回は自白の取消しに当るので異議を申し立てる。
と述べ、
本訴についての抗弁及び反訴についての請求原因として、
一、昭和二六年一月二〇日控訴会社と被控訴人との間に、控訴会社は被控訴人に対して本件仮換地のうち別紙図面(イ)及び(ロ)に該当する部分、即ち本件仮換地東隣の第三者の権利に属する仮換地と本件仮換地との境界線から垂直に西へ二間一尺一寸(三メートル九六九)の地点を通りみぎ境界線と並行に同仮換地の南北端に至る一直線を引き、みぎ直線を境界として以東の部分二二坪(七二・七三平方メートル)を、代金坪(三・三〇六平方メートル)当り八、〇〇〇円合計一七万六、〇〇〇円で売り渡す。当時訴外神戸寝具株式会社の借地に対する仮換地指定がなされていた前記(ロ)に該当する部分については、控訴会社においてみぎ訴外会社との間の賃貸借契約を解除する旨の契約が成立し、被控訴人は控訴会社に対し即日代金の内金五万円を支払い、控訴会社から売買目的物全部の引渡しを受けてその占有を開始し、同年二月末頃みぎ占有部分上に本件建物及び物置等を新築した。
みぎの売買契約成立の経過を詳述すればつぎのとおりである。
(一) 被控訴人は昭和二一年一月一日控訴会社から従前の土地八番の一宅地三八坪〇合五勺(一二五・七九平方メートル)のうち一九坪二合(六三・四七平方メートル)を建物所有の目的で期間の定めなく賃借し、みぎ賃借地上に木造トタン葺平家建一三坪(四二・九八平方メートル)の建物を建築所有したが、昭和二四年一二月一日神戸市区画整理による仮換地処分により、被控訴人のみぎの借地権に対しては本件仮換地のうち前記(イ)に該当する部分が指定された。
(二) ところが、控訴会社は前記賃貸借契約は仮換地指定のあるまでの一時使用を目的とするものであると主張し、神戸地方裁判所において被控訴人を債務者としてみぎの(イ)に該当する土地につき執行吏保管の仮処分決定を得て、昭和二五年三月その執行をした。被控訴人はみぎの仮処分に対して異議の申立てをしたが第一審で敗訴し、これに対して控訴し、事件が控訴審に係属中、控訴会社はその代表取締役である岡田文恵の夫岡田耕平を控訴会社代表者の代理人として被控訴人方にさし向け、みぎ係争事件について被控訴人と示談したい旨申し入れ、更に当時神戸市会議長であつた訴外伊藤利勝に控訴会社と被控訴人間の紛争の円満解決方のあつ旋を依頼し、同訴外人のあつ旋もあつたので、控訴会社と被控訴人間に、「前記被控訴人の借地に対して仮換地指定のあつた(イ)に該当する部分一三坪八合五勺(四五・七九平方メートル)と、訴外神戸寝具株式会社の借地に対して仮換地指定のあつた部分のうち前記(ロ)に該当する部分八坪一合五勺(二六・九四平方メートル)合計二二坪(七二・七三平方メートル)を被控訴人に売り渡し、みぎの(ロ)に該当する部分については控訴会社において前記訴外会社と交渉し、控訴会社とみぎ訴外会社との間の賃貸借契約を解除する。」旨の示談契約が成立し、訴外伊藤の指示によつて岡田耕平が契約書本文を記入し、これを控訴会社に持ち帰つてその代表者岡田文恵の署名捺印を受け、これを被控訴人に手交した。そこで被控訴人は昭和二六年三月一三日前記仮処分異議の申立てを取り下げ、控訴人は同月一五日前記仮処分の執行を解放した。
(三) 岡田耕平は控訴会社を代理して同会社のために被控訴人との間に本件土地の売買をしたのであつて、控訴会社の代表者岡田文恵はみぎの事実を知つて承認していたことは、次の事実に徴し明らかである。
(1) 乙第八号証に、「本日御伺いした印としてこの書類を頂いて帰ります岡田文恵」と自書している以上、控訴会社代表者岡田文恵がその当時本件売買契約成立を既に熟知していたことを否定することはできない。
(2) 被控訴人が売買目的土地上に平穏に建築して営業を続けていることに対し控訴会社は何等の抗議もしたことがなかつた。
(3) 被控訴人と同じく本件仮換地の一部について借地の仮換地の指定を受けた神戸寝具株式会社との間では、みぎ借地権を消滅させる措置をとつているのに、本件仮換地のうち被控訴人が借地権の仮換地指定を受けた部分については借地権を消滅させる措置をとつていない。
(4) 控訴会社は被控訴人に対し本件売買手付金の倍返し金を提供し、売買契約を解除する旨の意思表示をして、暗黙裡にみぎ契約が成立していることを承認した。
(5) 控訴会社は粂久吉なる不良不動産業者に頼んで被控訴人に対し本件売買目的物以外の土地を入手できるからと云つて、本件の売買の解消を試みた。
(6) 控訴会社が本件売買契約の前記特別条項の趣旨に基づいて神戸寝具株式会社との間の借地権を解消させた後、控訴会社の代表取締役岡田文恵は、被控訴人立会の下に、巻尺を持参して売買目的土地を実測し、それが二二坪(七二・七三平方メートル)であることを確かめた。
(四) 控訴会社は「本件売買目的土地の範囲であると被控訴人が主張する土地を実測すると二二坪〇合八勺(七二・九四平方メートル)あつて、被控訴人主張の契約中で指定された売買目的土地の広さ二二坪(七二・七三平方メートル)より八勺(〇・二一平方メートル)だけ逸脱している。」と主張しているが、本件仮換地の被控訴人占有部分とその余の部分との境界線の東西には、境界線に近接して、西側の控訴会社所有建物の東壁と東側の被控訴人所有の建物の西壁とが一二センチの間隔で並行して存在するから、境界線はみぎの二つの壁の間の中心線、即ち両方の壁から六センチ(約二寸)隔たつた線であるべきところ、控訴会社主張の線は控訴会社所有建物の東壁外側を境界線として計算したものであるから正確でない。みぎの両方の壁の中心線を境界線として測量すれば、本件被控訴人占有部分は二二坪(七二・七三平方メートルを超えるものではない。仮に約八勺(〇・二一平方メートル)だけ逸脱しているとしても、本件売買契約の成否効力等には影響がない。
(五) 以上のように売買契約の結果、被控訴人は本件仮換地の被控訴人占有部分を占有使用する権原を有するので、被控訴人に対し本件建物の収去、みぎ占有部分の明渡しを求める控訴会社の請求は失当である。また、被控訴人に対し本件建物の賃料相当の損害金の支払いを求める控訴会社の請求も理由がない。
二、控訴会社は本件仮換地のうち訴外神戸寝具株式会社の借地に対する仮換地と指定された部分に関し、訴外会社との間に、賃貸借契約を解除することに成功したので、被控訴人は前記売買契約の約旨に従つて売買目的土地についての所有権移転登記を受くるべく、控訴会社に対し昭和二七年三月上旬と昭和二九年六月末日の二回に亘り前記売買契約の残代金一二万六、〇〇〇円を提供してその売買目的土地についての所有権移転登記手続を請求したけれども控訴会社はみぎの残代金を受領せず、且つみぎ所有権移転登記手続もしなかつたので、被控訴人は、本件仮換地の前記(イ)及び(ロ)に該当する部分の従前の土地に該当する別紙第二目録記載の土地につき、神戸地方裁判所の仮登記仮処分命令に基づいて売買を原因として、控訴会社主張のとおりの所有権移転請求権保全の仮登記手続をしたのである。
二筆の従前の土地の仮換地として、一括して一区画の土地が指定された場合に、みぎの指定済みの仮換地の一部の譲渡があつたときには、その所有権移転登記手続を従前の土地二筆のうちのいずれの土地の登記簿についてすべきものであるかは、まず当事者双方の合意によつて定めるべきものであるけれども、みぎの合意が成立しないときは、区画整理施行者に対して仮換地指定処分の変更届出でを為せば、整理施行者において仮換地指定権に基づいてどの従前の土地の登記簿にみぎ所有権移転に関する登記手続をするべきものであるかを決定する。本件では、本件仮換地は従前の土地八番の一及び同九番の二筆の土地に対し一括して指定された一区画の土地であつて、前記(イ)及び(ロ)に該当する部分はみぎの仮換地の一部に当るところ、控訴会社と被控訴人との間にみぎの部分について売買契約が成立したかどうかについて争いがあつたためにみぎ売買契約が従前の土地二筆のうちのどちらの土地についての契約であるかについて両当事者間の合意が成立するに至らなかつたので、被控訴人は控訴会社に代位して本件従前の土地二筆についての仮換地指定処分の変更の届出でをし、乙第一一号証表示のとおり、区画整理施行者から仮換地指定処分変更の決定を受けたので、みぎの決定があつた旨の区画整理施行者の証明書に基づいて従前の土地八番の一から同八番の三を分筆する登記手続をした後に、前記仮登記仮処分に基づいて従前の土地八番の三について被控訴人を権利者として売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記をしたのである。
以上のように、従前の土地八番の三は本件仮換地の被控訴人占有部分即ち前記図面(イ)及び(ロ)に該当する部分の従前の土地に当るから、みぎ(イ)及び(ロ)に該当する部分についての売買契約による所有権移転請求権保全の仮登記を従前の土地八番の三の登記簿にしたのは正当であつて、みぎの売買契約の不成立又は登記手続の違法を理由としてみぎの仮登記の抹消を求める控訴会社の請求は理由がない。
三、以上のように、被控訴人は控訴会社との間の前記売買契約により従前の土地八番の三の所有権を取得したので、同土地の登記簿上の所有名義人である控訴会社に対し、被控訴人から控訴会社に対して前記売買残代金一二万六、〇〇〇円の支払いがあるのと引換えに控訴会社から被控訴人への売買を原因とする所有権移転の本登記手続を求める。
と述べ、
控訴会社の本訴についての再抗弁及び反訴についての抗弁に対する答弁として、
控訴会社が昭和三五年六月二日被控訴人宛に手附倍戻しとして、額面金一〇万円の銀行保証小切手を送付し、売買契約解除の意思表示をしたことは認めるが、みぎ解除の効力を争う。
被控訴人がみぎ売買契約に関し控訴会社に支払つた金五万円は売買代金の内金であつて手付金ではないから、手附倍戻しによる解除はできない。
仮にみぎ金五万円が手付金として支払われたとしても、売買の目的物である本件土地は、当時既に被控訴人に引渡し済みであり、売買残代金一二万六、〇〇〇円についても、被控訴人は前述のとおり昭和二七年三月上旬及び昭和二九年六月ないし九月に控訴会社に持参提供し、本件土地の所有権移転登記手続をして貰い度い旨懇請し、昭和三四年九月一七日にも代金を清算したいから移転登記をしてほしいと控訴会社に申し送り、その履行に着手したから、控訴会社は手附倍戻しによる契約解除をすることはできない。
と述べた。
当事者双方の証拠の提出、援用及び認否は、
控訴会社代理人らにおいて、甲第八、第九号証の各一、二、第一〇、第一一号証を提出し、当審における証人岡田耕平の証言及び控訴会社代表者本人尋問の結果を援用し、被控訴代理人が当審において提出した乙号各証の成立を認め、被控訴代理人において、乙第一三、第一四号証を提出し、当審における被控訴本人尋問の結果を援用し、甲第八号証の一は郵便官署作成部分は認めるがその余の部分及び同号証の二は不知、同第九号証の一、二は否認する。同第一〇、第一一号証は認めると述べたほか、
原判決事実欄の証拠に関する摘示と同一であるので、これを引用する。
理由
一、本件従前の土地二筆が、別紙第二目録記載の土地も含めて、もと控訴会社の所有であつたこと、神戸市区画整理の実施により、控訴会社主張の日に、みぎ従前の土地二筆に対する仮換地として、現地で、六四坪四合(二一二・九八平方メートル)に減歩された本件仮換地が指定されたこと(当事者間に争いがない事実であるにもかかわらず、本件の仮換地処分が現地換地であると云うのは正確ではない。成立に争いがない甲第一〇号証及び原、当審における被控訴本人尋問の結果を総合すれば、区画整理の施行に際し、従前の土地八番の一及び同九番は、その北側の部分をかなり広く道路敷地として徴収されて狭くなつたので、本件仮換地は、みぎ二筆の土地の残地と、従前の土地七番の一及び同一〇番の各一部を取り入れていて、多少移転したことが認められる。)、被控訴人は、仮換地指定前には、従前の土地八番の一上に家屋を所有してみぎ土地を占有していたが、仮換地指定後には、本件仮換地の別紙図面(イ)及び(ロ)に該当する部分上に、別紙第三目録記載の家屋を所有して、みぎ仮換地の部分を占有していること、並びに、被控訴人が昭和三五年七月一日神戸地方裁判所において債権者を被控訴人、債務者を控訴会社として、従前の土地八番の一宅地三八坪〇合五勺(一二五・七九平方メートル)のうち三〇坪四合二勺(一〇〇、五六平方メートル)(その神戸市区画整理による仮換地は別紙図面(イ)及び(ロ)に該当する部分)について、売買を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記仮処分決定を得、続いて、従前の土地八番の一から別紙第二目録記載の八番の三を分筆する分筆登記及びみぎ分筆登記を受けた従前の土地八番の三について、被控訴人を権利者とする神戸地方法務局昭和三五年七月八日受付第一二、九四八号所有権移転請求権保全の仮登記の各手続をしたことは当事者間に争いがない。
二、被控訴人は、原審以来本件仮換地のうち被控訴人占有部分は従前の土地八番の一から分筆された同八番の三の仮換地に当ると主張しているところ、控訴会社は、原審では、本件仮換地の被控訴人占有部分中、前記(イ)に該当する部分一三坪八合五勺(四五・七九平方メートル)は従前の土地八番の一の仮換地の一部に該当し、同(ロ)に該当する部分八坪一合五勺(二六・九四平方メートル)は従前の土地九番の仮換地の一部に該当する旨主張していたが、当審では従来の主張を撤回して、新に前記(イ)及び(ロ)に該当する土地は、いずれも本件従前の土地二筆を一括したものの仮換地に該当すると主張していることは、弁論の趣旨に徴し明白であるので、控訴会社のみぎ原審における主張の撤回は自白の取消しに該当するものと云わねばならないが、後記のとおり、みぎ自白は真実に合しない錯誤に基づいてなされたものであることが認められるので、同自白の取消しは有効である。即ち、成立に争いがない甲第一〇号証によれば、本件従前の土地二筆の一括した仮換地として本件仮換地六四坪四合(二一二・九八平方メートル)が指定されたのであつて、従前の土地八番の一の仮換地が本件仮換地のどの部分に該当し、同九番の仮換地が本件仮換地のどの部分に該当するかについての指定がなかつたことを認めることができる。それ故に控訴会社の原審における前記自白は真実に反するものであつたことは明らかである。もつとも、成立に争いがない乙第一三号証と原、当審における被控訴人本人の尋問の結果によれば、土地区画整理の施行前に被控訴人所有の建物の存在した従前の土地八番の一の一部の仮換地として、本件仮換地の東北隅に間口東側隣地の境界線から西へ二、七〇間(二間四尺二寸(四・九一メートル))、奥行北側道路敷地との境界線から南へ五、一三間(五間〇尺七寸八分(九・三三メートル))、面積一三坪八合五勺(四五・七九平方メートル)の矩形の土地が昭和二五年一二月一九日指定されたことを認めることができるけれども、みぎ乙第一三号証と前出甲第一〇号証とを比較すれば、乙第一三号証による仮換地の指定は、被控訴人が従前の土地八番の一上に有していたと主張していた借地権についての仮換地の指定であつて、みぎの被控訴人に割り当てられた仮換地部分を含む特定の地域が、所有権に関しても、従前の土地八番の一の仮換地に該当することを意味するものと速断することはできず、乙第一三号証は甲第一〇号証に基づく所有権に関する仮換地の指定に関する認定を左右する資料にならない。なお、本件仮換地のうち別紙図面(イ)及び(ロ)に該当する部分が従前の土地八番の三の仮換地に当る旨の被控訴人の主張が真実に合しないことについては、後に判断を示すとおりであるので、みぎ八番の三についての分筆登記及び所有権移転請求権保全の仮登記があること、同地に対する固定資産税の賦課があることその他みぎ八番の三に関する諸事情は控訴会社の前記自白が真実に合わないものである旨の前記認定を妨げるものではない。そして、このように真実に合わない控訴会社の自白は、従前の土地と仮換地に関する法律の難解さ本件弁論の趣旨及び訴訟の経過に徴し、控訴会社の錯誤に基づくものと認めることができる。よつて控訴会社の自白の取消しは有効であつて、みぎ自白の取消しに対する被控訴人の異議申立ては認容できない。
三、被控訴人は、本訴についての抗弁兼反訴請求原因として、被控訴人が控訴会社から本件仮換地のうち別紙図面(イ)及び(ロ)に該当する部分を買い受けた旨主張する。この点に関し、当裁判所は、原判決の認定及び判断と同様に、昭和二六年一月二〇日、本件仮換地のみぎ部分について、控訴会社と被控訴人間に売買契約が成立したと判断するのであるが、(右売買契約の効力については後記のとおり原判決と見解を異にする。)、みぎ契約成立に至る経過及び事情、みぎ契約の内容並びに契約成立後の経過についての事実の認定及び法律上の判断は、次の訂正、変更、追加及び削除をするほか、原判決七枚目裏冒頭から九枚目裏末尾までの記載と同一であるので、同記載を引用する。
(一) 原判決七枚目裏一行目に「甲第一号証」とあるのを「甲第一、第一〇、第一一号証」と変更し、同一行目から二行目にかけて「第七号証の一ないし三、」とある次に、「同第一〇、第一三号証」と追加挿入し、同八行目の「証人、岡田耕平の証言及び被告本人尋問の結果」とある前及び括弧内の「但し」の次にそれぞれ「原、当審における」と追加する。
(二) 原判決七枚目裏一〇行目に「本件係争地の仮換地指定前の土地」とあるのを「従前の土地八番の一」と改め、同最終行に「右被告の賃借部分は道路予定地となり」とあるのを、「従前の土地八番の一のうちみぎ被控訴人賃借部分は道路敷地の予定地となり、みぎ借地の仮換地として前認定のとおり本件仮換地の東北隅に間口二、七〇間(四・九一メートル)、奥行五、一三間(九・三三メートル)、面積一三坪八合五勺(四五・七九平方メートル)の地域の指定を受け」と変更追加し、同八枚目表一行目に「右土地」とあるのを「従前の土地の被控訴人賃借部分」と改める。
(三) 原判決八枚目裏一行目の「岡田耕平及び被告が」から同七行目の「内容の契約書」までの記載を削除し、その代りに、「控訴会社代表取締役岡田文恵の夫岡田耕平と被控訴人との間に、『控訴会社は被控訴人に対して、本件仮換地のうち東側の間口は二間一尺一寸(三・九七メートル)、奥行は北側道路敷地予定地との間の境界線から南側隣地との境界線に至るまで全部、即ち、本件仮換地のうち東側隣地との境界線とみぎ境界線に並行でこれと二間一尺一寸(三・九七メートル)の間隔の直線に挾まれる部分を、一坪(三・三〇六平方メートル)につき金八、〇〇〇円の割合の価格で売り渡す。みぎ売買目的となつた土地のうち訴外神戸寝具株式会社(以下神戸寝具と略称する。)の借地に対する仮換地として指定された部分については、控訴会社において神戸寝具の借地権を解消させる。』旨の売買契約の案が口頭で約定されたこと、みぎ契約案は売買目的土地の範囲を前記被控訴人の賃借地に対する仮換地として指定された部分よりも間口において約三尺(〇・九一メートル)強だけ狭いが、みぎ間口が狭い代償として奥行は北は道路敷地予定地との境界線から南側隣地との境界線までに拡張したのであつて、当時、みぎ案の売買目的仮換地部分とその西隣の神戸寝具の借地の仮換地とにまたがつて神戸寝具所有(のち、控訴会社が買い取つた。)のバラック等があつたために、その面積を測量することが困難であつたが、それが前記被控訴人の借地の仮換地として指定された部分の面積一三坪八合五勺(四五・七九平方メートル)よりかなり広いことは明らかであつたので、前記売買契約案の約定と同時に、売買代金の支払いその他の関係では、みぎ売買目的仮換地の面積を一応一三坪八合五勺(四五・七九平方メートル)として取り扱い、売買目的土地の総面積は後日控訴会社が神戸寝具の借地権を消滅させることに成功した後に測量して確定する旨の協定をして、即日同所で、訴外岡田耕平において、これら口頭の協定事項を織り込んだ売買契約草案として、不動産売買契約条項の印刷された売買契約証書用紙の、一、売買代金を左のとおり定める事と記載されたつぎの空欄に、『一坪に付金八、〇〇〇円也として、特約条項に基づき神戸寝具との解決後総坪数は決定し、現在は仮りに一三坪八五の計算とします。』と、二、買主は手附として本日金(空欄)円を売主に交付しとある空欄に『五万円』と、条項末尾の特約の欄に、本件仮換地の『東境界線より間口二間一尺一寸として奥行は神戸寝具と解決後総坪数は決定します。』と記入した契約書草案」と挿入追加し、同八行目の「契約書」とある下に「草案」と挿入追加し、同最終行から八枚目表一行目にかけて「本件土地上に」とあるのを「本件仮換地の前記(イ)及び(ロ)に該当する部分上とその西隣の土地上とに」と改める。
(四) 原判決九枚目表四行目の「前記本件契約代金」から同一一行目の「右履行がなされなかつたこと」までの記載を削除し、その代りに、「昭和二七年三月頃及び昭和二九年四月頃被控訴人の妻が控訴会社を訪れ、本件売買目的土地の面積を一三坪八合五勺(四五・七九平方メートル)として計算した売買代金額から前記手付金五万円を差し引いた残額を一応受け取つて貰い度い旨申し入れたが、控訴会社は、未だ神戸寝具との問題が解決していないとか、登記のとき受領するから代金受領の時期でないとかの理由でみぎ残代金の受領を拒絶したこと、昭和二九年五月頃神戸寝具が本件仮換地から立ち退き、神戸寝具が本件仮換地上に所有していた建物も取り壊わしたので、被控訴人は控訴会社に対して前記売買契約の約定どおり前記(イ)及び(ロ)に該当する部分の測量をして売買目的の総坪数を確定してくれるように頼んだところ、控訴会社の代表取締役である岡田文恵が巻尺持参で本件仮換地に出向き、被控訴人立会いの下にみぎ巻尺を用いて前記(イ)及び(ロ)に該当する部分を測量した結果、その総坪数が二二坪(七二・七三平方メートル)あつて、(ロ)の部分に該当する面積は計算上八坪一合五勺(二六・九四平方メートル)になることを確定したこと、そこで本件の売買代金の総額も算定できるようになつたので、同年七月頃、被控訴人は、一坪(三・三〇六平方メートル)につき金八、〇〇〇円の割合で計算した二二坪(七二・七三平方メートル)の総代金額から、先に支払つた五万円を差し引いた残額金一二万六、〇〇〇円を、控訴会社に持参して、岡田文恵に対し『代金残額を支払うから登記を早くしてくれ。』と催促したところ、文恵は『代金は登記の時でよいから私の方にまかしてくれ。』と云つてみぎ残代金を受領せず、その後同年九月頃被控訴人の妻が残代金一二万六、〇〇〇円を控訴会社に持参して提供し、『早く登記をして貰い度い。』旨催促したが、岡田文恵は『金は登記の場所で貰おう。』と云つてみぎ残代金を受け取らず、控訴会社は一向に前記売買契約の履行をする様子がなかつたこと、」と挿入追加し、同一二行目に「本件土地」とあるのを「本件仮換地の前記(イ)及び(ロ)に該当する部分の取り戻し」と改める。
(五)原判決九枚目裏四行目の「証人粂久吉」から「原告代表者本人」までの記載を「原審証人粂久吉、原、当審証人岡田耕平、原、当審における控訴会社代表者本人」と改める。
(六) 原判決九枚目裏六行目冒頭から同枚目裏末尾までの記載をつぎのとおり変更する。即ち、「以上の売買契約成立に至る経過及び事情、みぎ契約の内容並びに契約成立後の経過についての事実の認定及び法律上の判断を総合すれば、岡田耕平は同人の妻である控訴会社代表取締役岡田文恵を代理して、控訴会社のために被控訴人との間に、本件仮換地のうち前記(イ)及び(ロ)に該当する部分を売り渡す契約を締結したのであつて、当時、妻文恵から、控訴会社と被控訴人間の紛争解決のために被控訴人と交渉することを委任されみぎ売買契約を締結する代理権限を有していたので、みぎ売買契約は控訴会社のために効力を生じたと認めるのが相当である。
控訴会社は、『本件従前の土地二筆は控訴会社発祥の地であつて、被控訴人との間の本件仮換地に関する別訴(仮処分異議事件)で第一審は勝訴をしていたから、控訴会社がこれを他に売り渡すはずがなく、岡田耕平は、終戦後復員して後独立して事業を経営して失敗し、岡田家から飛び出して文恵と別居し、以後控訴会社の運営に参加せず、文恵との間も冷たいものとなつていたので本件の売買契約締結当時にも控訴会社代表者を代理してみぎの売買契約を締結する権限はなく、耕平自身の利益のためにみぎ契約を締結した。』旨主張するけれども、成立に争いがない甲第一〇号証及び乙第一三号証と前認定の本件従前の土地及び仮換地の使用関係の移り変りとを総合すれば、控訴会社は本件従前の土地二筆のうち被控訴人に賃貸していた一九坪(六二・八一平方メートル)余りを除く残余全部約七〇坪(二三一・四〇平方メートル)を神戸寝具に賃貸し、同訴外会社においてみぎ賃借地上に建物を所有してこれを占有使用していて、控訴会社自身は本件従前の土地を少しも使用していなかつたこと、神戸寝具の賃借権の存続期間は最少限本件従前の土地二筆に対する仮換地の指定があり控訴会社がその使用を開始することができる時まで続く約定になつていたので、被控訴人が従前の土地の使用を継続している限り控訴会社は神戸寝具の賃借権を消滅させて本件仮換地の使用を開始することが事実上も法律的にも困難を伴う関係にあつたこと、したがつて、控訴会社がみぎ神戸寝具の賃借権を消滅させ本件仮換地の使用を開始するには、まず、被控訴人に従前の土地の使用をやめさせる必要があつたことを認めることができる。みぎ認定の諸事情を総合すれば、控訴会社は被控訴人との間の本件仮換地の(イ)及び(ロ)に該当する部分に関する仮処分異議事件の第一審において勝訴していたにもかかわらず、本件仮換地の大部分(神戸寝具の借地の仮換地に指定された部分)についての控訴会社の使用開始の時期を早めるために、涙をのんでその少部分(被控訴人の借地の仮換地に指定された部分)についての権利の確保を断念し、被控訴人に対し大譲歩をして前記売買契約を締結するのもまたやむを得なかつたことを認めるに難くない。みぎ事情を考慮すれば、控訴会社の前記主張の前段に該当する事実は前記当裁判所の認定を覆すに足るものと云うことはできない。
また、当審における証人岡田耕平及び控訴会社代表者本人の供述により真正に成立したものと認める甲第八、第九号証の各一、二及び原、当審における証人岡田耕平及び控訴会社代表者本人の供述(いずれも前認定に反する部分は措信しないこと前述のとおり)によれば、岡田耕平が控訴会社主張のような事情で昭和二三年頃には岡田家から飛び出していて、養父文太郎及び文恵らから疎んじられ、妻文恵のもとに帰宅して後も、控訴会社の役員になつていないことが認められるけれども、みぎ事実と前認定の仮換地の売買契約が成立するに至るまで及び成立後の経過及び事情とを比較すれば、岡田耕平が控訴会社代表者である妻文恵を代理して控訴会社のためにみぎの売買契約を締結する権限を有し、みぎの代理権に基づいて本件の売買契約を締結した旨の前認定を覆すに足らない。そのほか、控訴会社の前記主張後段に副う甲第四号証の記載内容は措信し難く、他にこの点に関する前記の認定を左右するに足りる証拠はない。
控訴会社はまた、『本件仮換地の売買契約が仮に控訴会社と被控訴人間に成立したとするも、それは本件仮換地のうち前記(イ)に該当する部分に限られ、(ロ)に該当する部分はみぎ売買目的物件中に含まれていない。』と主張するけれども、当時岡田耕平と被控訴人間に成立した本件仮換地の売買契約の売買目的物件の範囲に関する合意の内容及び乙第一号証の売買契約の内容中売買目的物の範囲に関する部分の解釈は前認定及び判断のとおりであつて、これに反する控訴会社の右主張は採用できない。本件仮換地のうち前記(イ)及び(ロ)に該当する部分の面積が、二二坪〇合八勺で契約書記載の面積を八勺超過する旨の控訴会社の主張は、前記認定事実と比較して採用しない。仮にみぎ主張のとおり超過してもかかる僅少の相違は本件契約の成否に影響がない。
四、控訴会社が被控訴人に対して前認定の仮換地売買契約成立の際に受け取つた手付金の倍額を提供してみぎ売買契約を解除した旨の控訴会社の主張についての当裁判所の判断は、原判決一〇枚目表四行目冒頭から同枚目裏四行目までの記載と同一であるので、みぎの記載を引用する。
五、そこで、以上に認定した控訴会社と被控訴人との間の本件仮換地の前記(イ)及び(ロ)に該当する部分の売買契約の効力について判断する。
仮換地の指定があつても本換地処分があるまでの間は、従前の土地の権利者は仮換地の指定によつて従前の土地に対する関係でその使用収益権を失ない、仮換地に対する関係で、これを取得するだけであつて、土地を使用収益する権能以外の土地に関する権利の行使、殊に使用収益権の債権的処分以外の権利の処分は、すべて従前の土地についてすべきものであつて、仮換地についてすることは許されない。しかしながら、仮換地の指定から本換地処分までの間に、仮換地指定があつた従前の土地の所有者が、手続のわずらわしさを嫌う余り又は法律的無知のために、他の者との間に土地を物権的に処分する契約を仮換地について締結した場合にも、仮換地についてこのような物権的処分の効力が生じないからと云つて、みぎ契約が無効となり何等の効力も生じないと云うことはできない。みぎ契約締結の際の契約当事者双方の効果意思は、仮換地について目指す使用収益権の移転を生ずるような権利の処分をすることであつて、しかも、このような権利の処分は従前の土地についてのみすることができるのであるから、このような契約の合目的な解釈として、そのような契約解釈が事実上又は法律上許されない場合は別であるが、なるべく、契約当事者双方は従前の土地についてこのような権利処分契約を締結して、これによつて所期の権利移転の効果を生ぜしめ、その結果として、その仮換地についても目指す使用収益権の移転を生ぜしめることにあつたと解するが相当である。例えば、一区域の仮換地の全部について処分契約が締結された場合には、その仮換地がどの従前の土地のどの特定部分に対して指定されたものであるか確定できない例外的な場合を除いて、みぎ契約の合理的な解釈として、契約当事者双方は、みぎ仮換地の従前の土地についてみぎ処分契約を締結したと解することができる。これに反して、仮換地の特定の一部分について処分契約があつた場合には、従前の土地と仮換地とが位置範囲及び面積まで完全に一致する減歩を伴わない現地換地の場合(即ち、仮換地の特定地は直ちに従前の土地の特定地を意味する場合)を除いて、みぎ処分契約は、従前の土地の具体的な、どの部分の権利を処分したものであるかを明確にすることができないのが普通であるから、このような場合には、仮換地についての処分契約自体又はみぎ契約成立後の別個の契約によつて、みぎ権利の処分が従前の土地のどの地域的特定部分についてなされたものであるかについて明示又は黙示の合意が成立したことが認められる場合を除いて、仮換地の一部についての処分契約は、その従前の土地の特定部分についての権利の処分契約であると解釈することはできない。結局、このような場合には、みぎ権利の処分契約は仮換地全体の面積に対する処分契約の対象となつた仮換地の特定部分の面積の比率に応じた従前の土地の持分につき締結され、みぎ持分につき処分の効果を生ずるものと解するが相当である。そして、みぎ契約によつて従前の土地について権利の持分を取得した者は、みぎ契約自体又はその後の別個の契約により、みぎ権利の他の共有者との間に、従前の土地についての権利の持分に応じた広さの仮換地の特定部分について、使用収益権の付与を受ける合意をして、これによつてみぎ特定部分の使用収益を取得するものと解することができる。けだし、前述したように、仮換地についての処分契約は、できるかぎり、みぎ契約の目指した効果を生ずる従前の土地についての処分契約と解すべきところ、仮換地の一部について処分契約をした場合にみぎ仮換地の特定部分に対応する従前の土地の特定部分を確定できないときは、みぎ仮換地の特定部分に対応する従前の土地の特定率の持分を確定し、みぎ持分に処分の効果を認めるのが、この場合に可能な唯一の合目的的な契約の解釈であるからである。
さきに認定した事実関係から明らかなように、本件の場合、前認定の控訴会社と控訴人との間の売買契約は、一区域の仮換地(本件仮換地)の区域的特定部分(別紙図面(イ)及び(ロ)に該当する部分)の売買を約定したものであるばかりでなく、本件仮換地は本件従前の土地二筆の一括した仮換地であるから、みぎ契約の売買目的物件となつた部分はみぎ従前の土地二筆のうちのどちらの土地のどの部分の仮換地に該当するか確定することができない。そして、みぎ売買契約の当事者である控訴会社と被控訴人との間では、みぎ仮換地の(イ)及び(ロ)に該当する部分が本件従前の土地の二筆のうちのどちらの土地の仮換地に該当するかについて争があり、みぎ仮換地部分がどの従前の土地のどの部分に該当するかについて当事者間に合意が成立した(このような合意が成立すれば、その売買は従前地の一部の売買とこれに照応するものとして合意された仮換地の一部の使用収益権の移転ということになろう。)ことについては当事者双方とも主張も立証もしない(もつとも前記乙第一号証の記載から当事者は従前地八番の一の一部を売買する意思であつたことを窺うに足るが如くであるけれども、本件売買契約は専ら仮換地に付き前記特定部分を目的としたものなることは前記認定事実と口頭弁論の全趣旨から明らかであり、--けだしもし従前地の一部を売却するのならば従前地の形状・地積・位置に従つてその一部の形状・地積・位置が明らかになるような表示が必要である--同号証のみによつては当該仮換地部分がみぎ八番の一の特定された一部に該当するものとして売買されたものと速断することができず、他にこの点の合意を認めるに足る証拠はない。)から、本件の売買契約に関してはこのような合意はなかつたと認めることができる。そうすれば、前認定のように控訴会社と被控訴人との間に本件仮換地の前記(イ)及び(ロ)に該当する部分について売買契約が成立したからと云つて、従前の土地八番の一又は同九番のどちらかの特定の部分について売買の効果を生じたと云うことはできない。みぎ仮換地部分について売買の効果を生じないことは云うまでもないことである。したがつて、みぎ売買契約の効果としては、控訴会社と被控訴人との間に、本件仮換地全部の総面積六四坪四合(二一二・九八平方メートル)とみぎ(イ)及び(ロ)に該当する部分の面積二二坪(七二・七三平方メートル)との比率による従前の土地八番の一及び同九番の両土地の各持分を売買目的物とする売買契約と、被控訴人に対して同人がみぎ売買によつて取得した従前の土地二筆についての各持分に基づいてみぎ持分に応ずる面積の(イ)及び(ロ)に該当する部分を占有する権能を認める合意とが成立し、みぎ契約成立と同時に、みぎ持分所有権は控訴会社から被控訴人に移転し、被控訴人は(イ)及び(ロ)の部分を使用収益する権能を有するに至つたと云うことができる(前出乙第一号証によれば当事者は従前地八番の一の一部を売買する意思であつたことが窺われないでもないけれども、前述のように本件の売買契約は本件仮換地の特定の一部分を売買目的とするものと解せられるから、みぎ乙第一号証の記載内容にもかかわらず、それだけでは、当事者間に本件従前の土地二筆のうちのどちらか一方についてその特定の一部分を売買する旨の約定がなされたと解するには十分ではない。しかし、仮に本件売買契約を従前地八番の一の持分所有権のみの売買に関するものであつて同九番の持分所有権の売買を含んでいないと解するとしても、その場合には、仮換地六四坪四合を従前地八番の一の面積三八坪〇合五勺(一二五・七九平方メートル)と同九番の面積五一坪〇合二勺との按分比、即ち二七坪五合一勺(九〇・九四平方メートル)と三六坪八合九勺(一二一・九四平方メートル)に分割し、みぎ二七坪五合一勺(九〇・九四平方メートル)が従前地八番の一に対する仮換地に当り、みぎ二七坪五合一勺(九〇・九四平方メートル)の仮換地のうち二二坪(七二・七三平方メートル)に相当する従前の土地が本件売買の目的物になつたものと解して、従前地八番の一、三八坪〇合五勺(一二五・七九平方メートル)の二七・五一分の二二(又は九〇・九四分の七二・七三)の持分所有権が売買せられたことになるだけで、従前地八番の三又は同八番の一の特定部分について売買による所有権移転の効果は生じない。)。
被控訴人は、「被控訴人は控訴会社に代位して区画整理施行者に対し、本件従前の土地二筆について仮換地指定処分変更の届出をして、乙第一一号証表示のとおり区画整理施行者から仮換地指定処分変更の決定を受けたので、みぎの決定があつた旨の区画整理者の証明書に基づいて従前の土地八番の一から同八番の三を分筆する登記手続をしたから、被控訴人は本件売買契約の効果としてみぎ従前の土地八番の三の所有権を取得した。」旨を主張しているが、成立に争いがない乙第一一、第一四号証は、どちらも従前の土地八番の三が神戸市生田区備付の固定資産土地課税台帳に登録されていることの証明書であつて、みぎ被控訴人主張の事実を証明する証拠にならない。そのほか被控訴人提出の全証拠によつても被控訴人主張の事実は証明されない。かえつて、成立に争いがない甲第一一号証乙第一〇号証によれば、昭和三五年七月一日神戸地方裁判所において、本件仮換地六四坪四合(二一二・九八メートル)の内二二坪(七二・七三平方メートル)は従前の土地八番の一、三八坪〇合五勺(一二五・七九平方メートル)のうち三〇坪四合二勺(一〇〇・五六平方メートル)の仮換地に該当するとして、債権者を被控訴人債務者を控訴会社としてみぎ従前の土地のうちの三〇坪四合二勺(一〇〇・五六平方メートル)について昭和二六年一月二〇日の売買予約に因る所有権移転請求権保全の仮登記仮処分の決定があつたので、被控訴人はみぎ仮登記仮処分決定に基づいて同年七月八日神戸地方法務局に対し債権者代位による従前の土地八番の一から同八番の三を分筆する分筆登記と前記仮登記とを同時に申請し、順次その登記を受けたものであることを認めることができる。そうすれば、既に判断したところから明らかなように、本件仮換地の特定部分についての売買契約によつては、本件従前の土地二筆の持分について売買の効果を生ずるにすぎず、同八番の一の一部についての売買の効果を生じないにもかかわらず、仮処分裁判所はこれによつてみぎ八番の一の一部について売買の効果を生ずるものと誤解して前記仮登記仮処分命令をなしたのであるから、それは内容において違法な仮登記仮処分であると云うべきであつて、みぎ仮登記仮処分の趣旨に副う所有権移転請求権保全の仮登記がされているからと云つて、被控訴人は本件売買契約によつて従前の土地八番の三について所有権を取得することはできない。控訴人のみぎ主張は理由がない。
六、そこで控訴会社の本訴請求及び被控訴人の反訴請求の当否について判断する。
(一) 控訴会社の被控訴人に対する建物収去土地明渡し及び損害金の支払い請求について。
前述したとおり、被控訴人は、本件従前の土地二筆についての持分所有権に基づいて適法に本件仮換地の前記(イ)及び(ロ)に該当する部分上に建物を所有し、みぎ部分を占有しているのであるから、みぎ占有が不法であることを原因として被控訴人に対して建物収去土地明渡し及びみぎ部分の賃料相当の損害金の支払いを求める控訴人の請求は失当として棄却すべきものである。
(二) 控訴会社の被控訴人に対する抹消登記手続の請求について。
前述したとおり、従前の土地八番の三についての被控訴人を権利者とする主文第二項記載の仮登記は、内容において違法な仮登記仮処分に基づいてなされた登記であつてみぎ土地についての真実の権利関係に反するものであるから、みぎ登記の抹消を求める控訴人の請求は、正当として認容すべきものである。
(三) 被控訴人が控訴会社に対し、金二万六、〇〇〇円と引換えに別紙第二目録記載の土地につき、神戸地方法務局昭和三五年七月八日受付第一二、九四八号所有権移転請求権保全仮登記の本登記手続を求める反訴請求について。
前述したとおり、被控訴人は、本件従前の土地二筆について持分所有権を有するに止まり、従前の土地八番の三について単独の所有権を有していないから、みぎ所有権を有することを前提とする被控訴人の反訴請求は失当として棄却を免れない。
七、よつて、民訴法三八六条、九六条、九二条、八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宅間達彦 裁判官 長瀬清澄 裁判官 古嵜慶長)
別紙
第一目録
従前の土地
神戸市生田区相生町一丁目八番の一
一、宅地 三八坪〇合五勺(一二五・七九平方メートル)
同所九番
一、宅地 五一坪〇合二勺(一六八・六六平方メートル)
みぎ両地の神戸国際港都建設事業生田地区復興区画整理事業による仮換地
換地区 東川崎、街区一、符号五、
地積 六四坪四〇(二一二・八九平方メートル)
みぎ仮換地のうち別紙図面(イ)及び(ロ)に該当する部分
地積 二二坪(七二・七三平方メートル)
第二目録
神戸市生田区相生町一丁目八番の三
一、宅地 三〇坪四合二勺(一〇〇・五六平方メートル)
第三目録
神戸市生田区相生町一丁目八番の三
家屋番号 二三番の二
一、木造瓦葺二階建店舗 一棟
一階 一三坪(四二・九八平方メートル)
二階 一〇坪(三三・〇六平方メートル)
図面<省略>